テレビ番組

五代目本名善兵衛 - 「柏屋-薄皮饅頭」が福島の復興を牽引

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4月4日木曜午後10時からテレビ東京系で放送される「カンブリア宮殿」では、【福島発!客も真心で包む まんじゅう屋さんの幸せ経営術】をテーマとする企画となっています。

番組の紹介では、『「日本三大まんじゅう」の一つに位置付けられている老舗和菓子店「柏屋」の薄皮饅頭。復興の途中にある福島で奮闘する5代目・善兵衛と、客に寄り添う商売の極意に迫る!』とあります。

創業から160年以上続く「薄皮饅頭」の名店の物語です。

黒船来航前の創業

「柏屋」創業者の初代本名善兵衛(ほんな・ぜんべえ)は、もともと仙台藩士の尾形乙次でした。

しかし、ある日、薄皮茶屋も営んでいた奥州街道郡山宿にて、兄が亡くなって一人で旅館を切り盛りしていたそこの妹に、彼は一目ぼれして、侍を廃業し、入り婿したそうです。

そこで、初代が旅館から饅頭に特化し、饅頭屋として「柏屋善兵衛」を創業したわけです。

初代善兵衛は「病に薬がいるように、健やかな者に心のなごみがいる」との思いから、餡がたっぷりで皮の薄い饅頭を考案しました。

この創業物語は嘉永五年(1852年)のことで、あのペリーの黒船が来航する前年の出来事です

それからこの薄皮饅頭が評判となり、「その忘れられないうまさが奥州街道の名物となり、旅人はこの饅頭を食べたいばっかりにわざわざ遠回りして食べたものでした・・・。」と柏屋のホームページにあります。

2012年に五代目本名善兵衛を襲名

現在の代表取締役社長 五代目 本名善兵衛(幹司)は1986年、31歳のとき、突然、先代の社長の父親および叔父たちの副社長と専務に呼ばれて「俺たち辞めるから、お前社長やれ」と言われたそうです。

その年、8.5水害と呼ばれた水害が8月4日から5日にかけて東海、関東、甲信、東北で発生していたのです。

当時は常務として、なんとか工場を復旧し立ち直らせようと努力そしていた最中で、水害の1カ月後の指名でした。

本名幹司(現五代目善兵衛)は1955年2月14日、福島県郡山市生まれで、福島県立安積高等学校から、東京農業大学短期大学へ進学しました。

中学、高校、大学を通して、ブラスバンド、オーケストラ、フォークバンド、ロックバンドに参加していて、一時は音楽の世界に行きたいと思ったそうです。

[実は、弟の本名徹次(ほんな・てつじ、1957年1月19日 – )は、国際的な指揮者です。]

1977年に株式会社柏屋(福島県郡山市富久山町久保田字宮田127番地の5)へ入社し、1986年10月に代表取締役に就任します。

家訓の「代々初代」という言葉を胸に、当主として、2012年に、五代目本名善兵衛を襲名します。

「代々初代」という家訓は、一代、一代が初代の気持で経営に当たりなさい、という意味だそうです。

福島の復興に貢献

社長就任後、五代目本名善兵衛は商品の見直しや新商品の開発を積極的に行い、「柏やき」「檸檬」などの大ヒット商品世に出します。

地元に長年親しまれている企業風土を守りながら、次々と新しいアイデアを実行し、地域のリーダーとしても力を発揮します。

東日本大震災後には地元の農産品を世界に発信し消費者をつなぐ「食大学」と連携し、福島の「食」への関心を高める努力を続けました。

2016年から「日本三大まんじゅうサミット」を開催、その取り組みが「2017年日本ギフト大賞 話題賞」を受賞し、商品への関心が一層高まりました。

2017年では、三重県で行われた「お伊勢さん菓子博」で、県内一丸となった出店イベントを引っ張り、大いに福島と復興への関心を高めました。

2011年3月の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で本店ビルが損壊し、柏屋としても大変な時期を乗り越えて、160年以上続いたのれんを見事守り、さらに発展させている五代目 本名善兵衛社長です。

間違い無く、柏屋の薄皮饅頭はお菓子の記録的ロングセラーですが、次々と発売される新しいスイーツも大評判です。

また、柏屋の創業165周年を記念して誕生したキャラクター「2代目うすかわくんJAPAN」は子供達の間で大人気です。

益々柏屋は福島の復興を牽引する大きな力になることは間違いないでしょう。

是非応援したいと思います。

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