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10/6築地市場閉鎖。築地市場最終営業日の様子、歴史など。

「日本の台所」として親しまれ、観光スポットとしても人気だった築地市場が
10月6日の最終営業日をもって83年の歴史に幕を閉じました。

10/6最終営業日の様子

築地市場(東京都中央区)は10/6日正午、全ての取引を終えました。
1935年の開業以来、数多くの魚や野菜を取引してきましたが6日に閉鎖、
11日からは移転先の豊洲市場(江東区)が開業します。

最終日6日は、午前5時すぎのマグロの競りの前に、
卸売業者を代表して「築地魚市場」の吉田猛社長が
「築地は今日をもって83年間の活動を終え、歴史に刻まれることになる」とあいさつ。
業者の方たちは一本締めをして、築地最後の競りに臨みました。

鈴が鳴らされると、場内のあちこちで威勢のいい掛け声と、
値段を指を使って示す「手やり」が交わされ、次々と競り落とされました。
築地市場の象徴となっていたマグロの最高値は438万5000円(青森・大間産、162.4キロ)でした。

青果売り場でも午前6時半ごろ、ベルの音を合図に競りが始まり、
マツタケが高額で競り落とされると、どよめきや拍手が起きたそうです。

移転による空白の4日間

6日の築地市場での取引は正午で終了。
東京都は休業日の7、8日に加えて、9、10日を臨時休業日に設定して、
豊洲への引っ越し期間としています。
ちなみに、築地市場に隣接する商店街「築地場外市場」は、現在地のまま営業を続けます。

築地市場は6日で終了、豊洲市場は11日開場なので、7~10日の”空白の4日間”は、
どちらの市場も開いておらず、周りの店は「移転に伴う臨時休業」とする店が多いそうです。

また、築地から豊洲になってアクセスが悪くなってしまう店の中には、
休業でなく閉店する店もあります。
市場の場所が変わってしまうことで費用もかかりますし、
なんといっても魚は鮮度が命ですから、仕入れ時間が長引くのは大変だと思います。

築地市場の歴史

もともと東京の食品流通は江戸時代から日本橋魚河岸を始めとする市場群が担っていたのですが、
1923年9月1日の関東大震災によって壊滅してしまいました。
そして同年12月に、隅田川や汐留駅など水運・陸運に恵まれていた土地を借り受けて、
臨時の東京市設魚市場を開設したのが、築地市場の始まりです。

以下、築地市場の歴史です。

・1935年(昭和10年)
 現在の位置(京橋区築地)に東京市中央卸売市場が開設された。

・1945年(昭和20年)
 日本の敗戦により廃止された海軍経理学校が、アメリカ軍により接収され、
 キャンプバーネスとなり、接収解除後に市場の一部となった。

・1954年(昭和29年)
 ビキニ環礁でのアメリカ合衆国による水素爆弾の核実験により被曝した、
 第五福竜丸の水揚げ水産物であるマグロやヨシキリザメが、同年3月15日築地市場へ入荷、
 これらは強い放射性物質を有し、築地市場は混乱状態に陥った。

・2000年(平成12年)
 12月12日、築地市場駅が都営地下鉄大江戸線全線開通と同時に開業

・2013年(平成25年)
 環状2号線建設のため、市場から除外した土地から環境基準を超えるヒ素などが掲出された。

・2017年(平成29年)
 2月以降、豊洲市場が開場し、ほぼ同時期に築地市場は解体され、
 中央卸売市場の機能を新市場へ引継ぐ計画であったが、
 豊洲市場の土壌汚染問題により延期された。

・2017年(平成29年)5月11日
 簡易調査により、敷地内より環境基準を上回るベンゼンが検出された。

・2018年(平成30年)10月6日
 卸売市場としての営業を終了、同日より豊洲市場へ資材等引越し開始。

・2018年(平成30年)10月11日
 豊洲市場が開場、解体工事着工予定。

・2020年2月
 解体工事が完了し、東京五輪・パラリンピックの輸送拠点となる予定。

こうしてみると、やはり市場ですので衛生面の話題が多いですね。

おわりに

建物の老朽化で仕方ないとはいえ、築地市場の閉鎖は寂しいものですね。
移転先の豊洲市場では、築地での職人の味を引き継いでくれることを期待します!