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「中野サンプラザ」解体へ – ランドマークの生まれ変わりに期待と不安


東京・中野にある複合施設「中野サンプラザ」について、中野区の酒井直人区長は2024年度前後に解体する方針を昨年表明しました。

中野区は区役所の建て替えを計画しており、建設費221億円を捻出するため、築45年のサンプラザと西側に隣接する現区役所を取り壊して再開発する必要があると判断したとのことでした。

中野のシンボル:「サンプラザ」が解体へ

中野駅北口にあるアイコニックな建築、「中野サンプラザ(東京都中野区中野四丁目1番1号 )」が解体され、建て直されることとなりました。

中野サンプラザは、竹橋のパレスサイドビルディングや銀座の三愛ドリームセンターなどを手がけた建築家・林昌二(1928〜2011)設計の複合施設で中野のシンボル的建築として親しまれています。

地上20階、地下3階の建物内にはホテルやホールなどがあり、とくにホールは東京を代表するコンサート会場として数々のミュージシャンたちが公演を行ってきています。

「全国勤労青少年会館」からアイドルの「聖地」へ

現在の中野サンプラザは、旧労働省所管の特殊法人だった 雇用促進事業団によって、雇用保険法に基づく勤労者福祉施設として建設され、1973年(昭和48年)6月1日に開業しました。

開業当時の正式名称は「全国勤労青少年会館」でした。

その後、地元の中野区と金融機関・企業等が出資して設立された所有会社「株式会社まちづくり中野21」に52億9987万円で売却され、同時に設立された「株式会社中野サンプラザ」が2004年(平成16年)12月より運営を開始しました。

「中野サンプラザ」となった後は文化複合施設としてホテル・結婚式会場を経営、カルチャーセンター等を開催し、スポーツ施設なども運営してきました。

特に有名なのは2222席あるコンサートホールで、歌手の山下達郎、加山雄三、森進一や「モーニング娘。」などのコンサートがよく行われ、歌手やアイドルのファンの間で「聖地」とも呼ばれています。

また、ミュージシャンのサンプラザ中野くん(本名:中野 裕貴、1960年8月15日 – )がここでデビューしたことからステージネームを取った話も有名です。

1万人収容可能アリーナ案からの見直し

昨年6月に行われた区長選で、サンプラザと隣の区役所の土地を一体的に再整備し、2024年前後に最大1万人規模のアリーナを建設するという田中大輔前区長の計画が大きな争点となりました。

選挙結果として、同構想の見直しを訴えていた酒井直人が新区長に選ばれて、就任後は「対話の力を活(い)かす」ための「区民会議」で議論を進めてきました。

しかし、酒井区長は同9月11日に開かれた区議会の中で、現在のサンプラザの建物を取り壊し、新たな施設を整備する方針を示しました。

建物を残して15年間存続するための改修工事を行う場合、試算でおよそ32億円の費用がかかり「経営的に非常に厳しくなる」という理由でした。

なお、解体後の新施設については施設名称や形状、機能などを引き継ぐ方針を打ち出しているが、具体的な内容については今後検討していくこととなります。

今後の計画を検討する「区役所・サンプラザ地区再整備推進区民会議」では、サンプラザの後継施設として最大1万人を収容できるアリーナを建設する案がある中、委員からは「2000から3000人規模のホール」を求める意見が昨年暮の会議で相次いで提案されているようです。

中野サンプラザは日比谷野外音楽堂や日本武道館とも並ぶ若者文化のサブカルチャー発信地と言われていて、建設から45年以上経っても大活躍している建造物です。

建て直しが必要のようですが、是非、現在のサンプラザのように、みな様に親しまれて愛される施設に生まれ変わることを切に願います。