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HawaiiとSandwichとの間の深い関係とは?

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日系移民の稲作の努力の結果、お米がハワイ州の第三の生産量の農産物となったこともあり、ここのソウルフードと言えば、Spam musubiやLoco Mocoなど、お米を使ったものがすぐ思い浮かびます。

では、ハワイ風サンドイッチはどうでしょう?

さて、HawaiiとSandwichとの結びつきはあるにはあるのですが、食べ物とは関係ない歴史地理上の関係でした。

1778年、探検家として有名なJames Cook、ことキャプテン・クックが、記録に残る最初のヨーロッパ人としてハワイを訪れました。

その航海のスポンサーだった、第4代サンドウィッチ伯爵ジョン・モンタギュー(John Montagu, 4th Earl of Sandwich、1718~1792)に敬意を表して、この列島を「Sandwich Islands」と命名し、出版物などを通して、世界に発表しました。

実はその後、キャプテン・クックはハワイへの二回目の訪問から帰国しようとしたところ、原住民とトラブルを起こし、ここで殺害され、命を絶たれたのです。

それから、18世紀から20世紀の半ばまで、アメリカを始めとする各国の入植者も増え、列島の統治権が二転三転し、王国から共和国へと移り、1959年、ついにアメリカの最も新しい州となり、現在に至るわけです。

ここで、少し話をCaptain Cookの大物支援者に戻したいと思います。

John Montaguはもちろん貴族ですが、国務大臣にして海軍卿でもあり、当時は有力な政治家でした。

しかし、彼は世界的には、サンドイッチ(ここでは慣習にならって、食品をサンドイッチと書きます)を発明した伯爵としか認識されていないようです。

しかも、カード賭博に夢中で、ナイフとフォークで食事するのが面倒なため、執事に「パンとパンの間に肉を挟んで持って来い!」と命令し、ゲームを中断せずに食事をしようとしたところから、サンドを「発明」したと伝えられてしまっています。

ところが、当時の英国史の研究家によりますと、この逸話の信ぴょう性はあまりに怪しく、あるフランス人記者が、自分の英国紀行記を面白くするために創作したものとみられています。

前述のように、サンドウィッチ伯爵は幾つもの重職につき、多忙で、ギャンブルに遊び呆けていられなかったはずと想像します。

むしろ、簡易な食事を頼むとすれば、仕事を片づけながら食べられるようにと、賭博とは真逆な理由だったというほうが確かのようです。

しかし、正直なところ、作り話の方が確かに面白いですね。また、この料理はサンドイッチと名が付く前には、「bread and meat」や「bread and cheese」と呼ばれ、味気ない響きの呼び方をされながらも存在していたようです。  

 

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