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シャルル・アズナヴール – “シャンソンの神様”の「生誕94周年記念来日コンサート」が来月開催されます

 

シャルル・アズナヴールは今年5月に日本でのコンサートを予定していましたが、腕の骨折のため延期となってしまいました。

奇跡の来日公演」と日本中のシャンソンファンが待ち望んでいたコンサートは、「振替公演」として、9月17日に東京・NHKホール、同19日に大阪・NHK大阪ホールで行われることになりました。

シャンソンのレジェンドは94歳

世界的に“シャンソンの神様”と称賛されているシャルル・アズナヴール(Charles Aznavour, 1924年5月22日 – 、本名はシャアヌール・ヴァリナグ・アズナヴーリアン、Chahnour Varinag Aznavourian)の芸能活動は早くから始まり、9歳から家族の経営するレストランなどで姉と共に舞台に立っていたそうです。

つまり、今年で芸能生活85年目となる訳ですね。

あのエディット・ピアフがデビューを手助け

 シャルル・アズナヴールは1946年に、フランスの国民的大スターのエディット・ピアフに認められ、本格的な歌手としてのキャリアが始まります。

エディット・ピアフ(Édith Piaf, 1915年12月19日 – 1963年10月11日)はフランスで最も愛されている歌手の一人で、彼女の音楽とは、傷心的な声を伴った痛切なバラードが有名でした。

日本でもシャンソンと言えば、彼女の代表作の「ばら色の人生、 La vie en rose」(1946年)、「愛の讃歌 、Hymne à l’amour」 (1949年)、「ミロール 、Milord」 (1959年)や「水に流して、 Non, je ne regrette rien」(1960年)などがすぐ思い浮かぶ人が多いと思います。

大竹しのぶへシャルルからのメッセージ

エディット・ピアフの人生を題材とした伝記、映画や芝居が多くありますが、今年の11月に、大竹しのぶが舞台で「ピアフ」(4日~12月1日、東京・日比谷シアタークリエ)の主役を演じることとなっています。

これを知ったシャルル・アズナヴールは、大竹しのぶが出演したテレビ朝日系「徹子の部屋」にビデオ出演して、彼女に激励のメッセージを送りました。

エディット・ピアフはシャルル・アズナヴールのデビューを手助けし、自らのフランスやアメリカでの公演旅行に同伴させました。

また、アズナブールの他にも、イヴ・モンタン、ジルベール・ベコー、ジョルジュ・ムスタキなどピアフに才能を見出された歌手は多くいます。

“シャンソンの神様”は多才

日本で60年代から70年代にかけて起こった“シャンソン・ブーム”におけるシャルル・アズナヴールの存在は大きかったのです。

彼の代表曲「帰り来ぬ青春」は美しく悲哀に満ちたメロディーに素晴らしい訳詞がつく事によって、歌詞の意味、メロディー全てが時代のムードに一致し大ヒットしました。

また、「ラ・ボエーム」、「哀しみのヴェニス」、「世界の果て」、「コメディアン」そして「イザベル」など多くの曲に日本語の訳詞がつき、多くの日本人シンガーによって歌い継がれていく事になりました。

失恋や人生の悲哀を歌うアズナヴールの曲は、彼自身が英語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語など外国語で歌う事により本国フランスのみならず世界中でヒットし、世界で最も有名なフランス人シンガーの1人であることは間違いありません。

また、ライザ・ミネリ、プラシド・ドミンゴなど、彼の作品を歌った外国のシンガーも多くいます。

シルヴィ・バルタンのヒット曲「アイドルを探せ」、エルヴィス・コステロによって有名になった映画「ノッティングヒルの恋人」の主題歌「She」などもアズナヴールの作品です。

また、俳優としても大いに活躍し、フランソワ・トリュフォーのヌーヴェルヴァーグ映画の名作「ピアニストを撃て」などに60本以上の映画に出演してきました。

「振替公演」が出来たのも奇跡的

当初、アズナヴールの5月の来日を「奇跡の来日公演」と楽しみにしていたシャンソンファンの中には、彼の骨折のことを知って、もう来日は無理かと落胆した方もいたと思います。

しかし、幸いなことに、あまり時間を開けずに「振替公演」が出来て本当に良かったですね。

グッズ付きのVIP指定席(2万5千円)なども用意されていて、ファンの皆様には素晴らしいシャンソンの夕べになるのは間違いありません。

シャンソンを愛するファンの皆様、この機会に、是非シャンソン界のレジェンドの生の声を楽しみ、その姿を目の当たりにして下さい。