英語

9.英語のspellと発音のあゆみ:Old English時代のending

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古英語の時代が終わり、中英語の時代が始まるのは1100年と多くの年表に記されています。

しかし、一斉に変わったわけではなく、明確な境界線を探すのには無理があるようです。 ではなぜこの頃が境界線と言われるのでしょうか。

そのわけをひも解くには、アルフレッド大王がイングランド領土とデーン領土の間に国境を設けた878年までさかのぼらなければなりません。

教育を立て直すことに熱心だったアルフレッド大王は、国境が確立することによって、古英語を含む独自の文化の発展を押し進めました。

その結果、古英語後期と呼ばれる時代が始まり、多くの古英語の文献が生まれました。一方、デーン勢は国境が確立された後も、勢力を伸ばし続けて、統治する領土を広げて行きました。

1014年には、デーン人の影響力が圧倒的に大きくなり、とうとうデンマーク王がイングランド国王を兼ねるところまでになりました。

この二国の王を兼務したクヌート大王は熱心なキリスト教徒だったこともあり、イングランド人とデーン人の融合が進むこととなりました。

その後、王座をめぐり複雑な力関係により混乱が続き、最終的にはノルマンディーの宮廷に亡命していたサクソン系のエドワードがイングランド国王となります。

後にエドワード懺悔王(ざんげおう、Edward the Confessor)と呼ばれるようになります。エドワード王は幼いころに母と亡命し、修道士として育ちました。

そのためか、自分の力ではなく、神に懺悔し、信仰によって国を守るというのが彼の信条だったようです。

また、彼が子孫を残さなかったのも、この修道士としての姿勢を守った結果だったのではないかと言われています。軟弱と評されているこのエドワード王ですが、言語学的にはイングランドの言語に多大な影響を及ぼすこととなりました。

エドワードは初めフランスのノルマンディー育ちで、宮廷ですごしていました。そこで国王となって先ずしたことは、側近に、親しいノルマンディーの廷臣、役人、会計係、軍人などを置いたことでした。

その結果、イングランド王室内はまるでフランス語圏のように、仏語が飛び交っていました。 以上は1042年ころから始まった現象です。

この続きが中英語突入の前夜となります。    

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